九月第三週 重陽を過ぎても蝉の声がやまず、縁側から差し込む西日が一層強く感じられる。白磁の湯呑みが残す円い輪染みを眺めながら、ゆっくりと煎茶をすする。 Sorry, Japanese only.

毎日の一枚

絵を一枚、検索語を一つ、見立てを一言。作品データは末尾。

時間停止 × 『真珠の耳飾りの少女』

ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾りの少女』
ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾りの少女』(1665年頃)

老眼鏡を外し、埃の被った図録をめくると、ヨハネス・フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』に描かれた娘の濡れたような瞳がまっすぐにこちらを見つめている。暗がりに浮かび上がる白い襟と青と黄色のターバンが、奇妙なほど鮮やかに目に飛び込んでくる。この名もなき娘の顔は、世界で最も知られたものとなった。さて、検索の世界を覗いてみると、時間停止という語は四十二位につけ、十両の席で名を刷られている。動かない世界に閉じ込められた気配を好む欲望は、いつの時代も変わらぬものだなと、この少女の振り返る姿に重ね合わせるのはいささか強引に過ぎるかもしれない。動きを奪われたまま永遠に留まる姿にこそ、人は魅せられるのだ。

西日の差し込む書斎の柱時計が、相変わらずゆっくりと重い音を刻んでいる。冷めかけた煎茶を飲み干し、棚にある名画集を手に取ってページを繰る。

作品情報:ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾りの少女』 1665年頃・油彩・カンヴァス・マウリッツハイス美術館(ハーグ)所蔵。画像:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

素人 × 『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』

東洲斎写楽『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』
東洲斎写楽『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』(1794年)

老眼鏡を外して東洲斎写楽の『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』を眺めると、紙面から突き出た両手の不自然なまでの力みが目に飛び込んでくる。この見得を切る役者の異様なまでに広がった指先は、見る者の目を釘付けにする強い引力を持っている。いま検索の番付を覗いてみると、その二十六位には素人が十両の席にじっと座り込んでいる。役者の顔面を商品として切り取ったこの江戸の浮世絵と、あまたの無名の手による言葉がランキングの片隅で群れをなす有様は、どこか奇妙に重なり合っているように見えるとこじつけが過ぎるかもしれない。名前が刷られるだけで御の字の席にいる者たちのざわめきは、いつの時代も変わらぬ熱を帯びているものだ。名もなき者の営みこそが世の底を支える。

窓の外から聞こえてくる秋の蝉の微かな残響を背に受けながら、書斎の机に放置された湯呑みの輪染みをぼんやりと眺める。埃をかぶった古びた名画集をそっと手に取り、次のページを繰る暇だけが隠居の特権なのだ。

作品情報:東洲斎写楽『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』 1794年・大判錦絵・東京国立博物館ほか所蔵。画像:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

電車 × 『ぶらんこ』

ジャン=オノレ・フラゴナール『ぶらんこ』
ジャン=オノレ・フラゴナール『ぶらんこ』(1767年頃)

書斎の埃を払った古い図録を開き、ジャン=オノレ・フラゴナールの『ぶらんこ』に描き出された絹のドレスの裾と、茂みから向けられる熱っぽい視線をぼんやりと眺めている。二十三位に位置する電車という言葉は、十両の席、すなわち幕内の下で名が刷られる側にのそのそと並んでいる。揺れる足元と滑り出す車体の遠心力は、密やかな覗き見の欲望と遊戯の構造において、見事に一対をなしているかもしれないが、このこじつけは少々乱暴かもしれない。乗り物は常に誰かの視線と速度の遊戯を乗せて走るものだ。

柱時計の音が響く書斎で冷めかけた煎茶の湯呑みをそっと手に取り、埃をかぶった名画集のページをめくりながら見慣れぬ番付の並びを検分する。

作品情報:ジャン=オノレ・フラゴナール『ぶらんこ』 1767年頃・油彩・カンヴァス・ウォレス・コレクション(ロンドン)所蔵。画像:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)